水戸地方裁判所 昭和36年(行)13号 中間判決 1964年5月07日
原告 中島直
被告 土浦市
主文
一、原告の請求中、昭和二七年度分の課税に関する部分は、これを棄却する。
二、原告の請求中、昭和二八年度分ないし同三一年度分の課税に関し、昭和三二年三月改正前の土浦市国民健康保険条例第五条第一項本文、第一号及び土浦市国民健康保険税条例第二条は、いずれも無効であるとの、原告の主張は、理由がない。
事実
第一、当事者双方の求める裁判
一、原告
(一)、被告は、原告に対し、金四万七三二二円を支払うべし。
(二)、訴訟費用は、被告の負担とする。
旨の判決と仮執行の宣言を求める。
二、被告
(一)、原告の請求を棄却する。
(二)、訴訟費用は、原告の負担とする。
旨の判決を求める。
第二、当事者双方の主張
一、原告の請求原因
(一)(1)、被告土浦市は、国民健康保険法に則つて、国民健康保険事業を営むものである。
(2)、訴外土浦市長は、原告に対し、その扶養家族である妻ひさ、二女保子、二男智、三男弘の国民健康保険税として、昭和二七年度分を課税した。そして昭和二八年度分から同三一年度分については、各年度分の督促だけして来た。
(3)、土浦市長は、右保険税の徴収のため、左記金額につき、昭和三二年二月一五日付で、原告が、訴外八幡製鉄株式会社(以下訴外会社と略す。)に対して有する給料債権に対して差押処分をなした。
記
年度
本税
延滞金
延滞加算税
督促手数料
滞納処分費
合計
昭和二七年度
円
一、八九六
円
六八〇
円
八〇
円
二〇
円
一六〇
円
二、八三六
〃二八〃
四、〇六八
一、二六〇
一二〇
四〇
五、四八八
〃二九〃
一〇、二六〇
二、三六〇
四八〇
四〇
一三、一四〇
〃三〇〃
一〇、六二〇
一、三〇〇
一一、九二〇
〃三一〃
一三、五六八
三七〇
一三、九三八
計
四〇、四一二
五、九七〇
六八〇
一〇〇
一六〇
四七、三二二
(4)、土浦市長は、右差押処分にもとづき、原告が訴外会社から受けるべき給料から、
(イ)、昭和三二年二月二三日金一万〇二五〇円
(ロ)、同 年三月二七日金一万〇二五〇円
(ハ)、同 年五月二三日金一万〇二五〇円
(ニ)、同 年六月二二日金一万〇二五〇円
(ホ)、同 年八月 金 六三二二円
計 金四万七三二二円
を取り立てた。
(二)、本件差押処分は、次の理由により無効である。
(1)、無効の条例であるというかし
(イ)、原告は、訴外会社の健康保険組合(以下訴外組合と略す。)の被保険者である。
前記四名は、原告と同一世帯にあり、原告の扶養によつて生計を維持している者であり、同じく訴外組合の被保険者である。
(ロ)、当時施行の旧国民健康保険法(以下旧国保法と略す。)第八条の一五第一項第一号によれば、健康保険の被保険者は、国民健康保険の強制加入より除外されている。
(ハ)、健康保険法第一三条の二第二項は、健康保険と国民健康保険の重複を避けている。
(ニ)、昭和三二年三月改正前の土浦市国民健康保険条例(以下旧条例と略す。)第五条は、健康保険の被保険者である原告の妻子を、国民健康保険の被保険者とするものであり、右法律に反するから無効である。
(ホ)、仮りに、原告の家族が国民健康保険の被保険者であるとしても、この国民健康保険税を、被保険者でもない世帯主の原告に対して課するとする土浦市国民健康保険税条例第二条は違憲であるから、無効である。
(ヘ)、要するに、無効な条例にもとづいてなした本件差押処分には、重大かつ明白なかしがあり、無効である。
(2)、手続上のかし
(イ)、仮りに、原告に納税義務があるとしても、本件課税中、昭和二八年度分ないし同三一年度分については、被告は、課税手続をとつていない。
(ロ)、課税は納税義務者に徴税令書を交付してなすべきものである。昭和二七年度分については徴税令書を受領したが、昭和二八年度分ないし同三一年度分については徴税令書の交付もなく、督促状の送付があつただけである。
(ハ)、本件課税手続には重大かつ明白なかしがあり無効である。これに基づいてなした本件差押処分もまた無効である。
(三)、以上のように、被告は、原告から前記金額を違法に徴収し、原告の損失において利得しているものである。よつて、原告は、本訴において、被告に対して金四万七三二二円の返還を求める。
二、被告の答弁
(一)、請求原因事実中、(一)の各事実はいづれも認める。
(二)(1)、同(二)、(1)の中、原告が、訴外組合の被保険者であること及び前記妻子が原告と同一世帯にあり、かつ原告の扶養家族であることは認めるが、その余は争う。
旧国保法第八条の一五第一項第一号にいう健康保険の被保険者とは、健康保険法第一三条の規定により事業所に使用せられるものをいい、世帯に属する家族を含まないものである。
旧条例第五条第一項の被保険者もこの趣旨である。
原告の扶養家族である妻子四名は、土浦市国民健康保険の被保険者であるから、土浦市国民健康保険税条例第二条、当時施行の地方税法第七〇三条の二(同条の三とあるのは誤記と認む。)第八項により、世帯主である原告は、当然保険税を負担する義務がある。
(2)、同(二)、(2)の中、昭和二八年度分ないし同三一年度分について、徴税令書の交付がなかつたとの点は否認する。
各年度分の徴税令書は、鷹匠町地区長及び班長を経由して原告へ送達した。
鷹匠町地区長は、昭和二七年八月二六日より同三〇年一二月一三日までは倉持勝次郎、同年同月一四日以降は、桜井秀三郎である。
(三)、仮りに、本件課税が違法であるとしても、督促手数料一〇〇円、滞納処分費一六〇円、合計二六〇円については、被告は何ら利得していない。
第三、立証<省略>
理由
第一、昭和三二年三月改正前の土浦市国民健康保険条例(旧条例と略す。)第五条第一項本文、第一号の効力について
一、原告が訴外組合の被保険者であること、前記妻子が原告と同一世帯にあり、かつ原告の扶養家族であること、訴外土浦市長が、原告主張の日、その金額につき、原告が訴外会社に対して有する給料債権に対して差押処分をしたこと、右差押処分にもとづき、原告の給料から合計金四万七三二二円を取り立てたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二、原告は、旧国民健康保険法(旧国保法と略す。)第八条の一五第一項第一号によれば、健康保険の被保険者は、国民健康保険の強制加入より除外されているので、これに反する旧条例第五条第一項本文、第一号は無効であると主張するのでこの点につき判断する。
三、条文の規定
(1)、旧国保法第八条の一五第一項は、「世帯主及びその世帯に属する者」を被保険者とする旨規定するが、但し、その適用を除外されるべき者として同項第一号(現行の国民健康保険法での該当条文は、第六条第一号。規定の内容は同旨。)に健康保険の被保険者を挙げている。
(2)、この法文をうけて、旧条例第五条第一項本文、第一号は、「本市は、土浦市の区域内の世帯主及びその世帯に属する者をもつて被保険者とする。但し、左に掲げる者を除く。一、健康保険の被保険者(以下略)」と規定することは、弁論の全趣旨により明らかである。この規定は、さきに掲げた旧国保法第八条の一五と同一の規定である。この条例の条文は、右法律に違反するところは、何もない。
(3)、ところで、旧条例第五条第一項第一号は、昭和三二年四月一日に至つて改正となり、従来は、「健康保険の被保険者」となつていたのが、「健康保険の被保険者及びその被扶養者」と改められたことは、弁論の全趣旨によつて明白である。従つて、昭和三二年四月以後においては、健康保険の被扶養者が土浦市の行う国民健康保険の被保険者でなくなつたことは正に原告のいうとおりである。ただここで注意すべきことは、本件で問題となつている課税は、もちろん昭和三二年三月以前の分ばかりである。本件の場合に、改正された新条例が適用される根拠は全く存在しない。本件で考察の対象となるのは、新条例ではなく、旧条例第五条第一項第一号である。
四、健康保険法にいう被保険者の意義
(1)、ところで、健康保険法にいう被保険者とは、健康保険法第一三条以下に明記するとおり、事業所に使用せられる者を指すのである。同法第一条、第四三条、第五九条の二等は、被保険者に対する保険給付と合せて、被扶養者に対する保険給付について規定している。これらの規定からいつて明らかなとおり、健康保険法は、被保険者を被扶養者と並列して規定しており、健康保険法にいう被保険者の中には、被扶養者は含まれないものと解すべきである。
(2)、すなわち、旧国保法第八条の一五第一項第一号の「健康保険の被保険者」とは、健康保険法第一三条以下所定の被保険者の意味に解すべきであり、健康保険法にいう被扶養者を含まないことは明らかである。
五、旧条例第五条第一項第一号の「健康保険の被保険者」の意義も、右に述べたところと全く同じであるというべきである。健康保険法にいう被扶養者を含まないと解すべきである。改正後の新条例第五条第一項第一号が、健康保険の被扶養者を強制加入の適用から外した(昭和三四年一月一日施行の現行国民健康保険法第六条第四号が同旨の規定を新設している。)としても、以上の解釈に何の影響もないというべきである。
以上のとおり、健康保険の被扶養者である原告の妻子を土浦市の国民健康保険の被保険者とする、旧条例第五条第一項本文には、何ら違法の点は存在しない。
第二、土浦市国民健康保険税条例第二条の効力(被保険者でもない原告に対して国民健康保険税が課せられること。)について
当時施行の地方税法第七〇三条の二第八項(現行の地方税法では第七〇三条の三第七項)は、「国民健康保険の被保険者である資格がない世帯主であつてその世帯内に国民健康保険の被保険者がある場合においては、当該世帯主を第一項の被保険者である世帯主とみなして国民健康保険税を課する。この場合においては、当該市町村の条例の定めるところによつて、当該世帯主の所得割額及び均等割額を減額することができる。」と規定する。この法文に基いて、土浦市国民健康保険税条例第二条が、これ(前段)と同旨の規定を定めていることは、弁論の全趣旨により明らかなところである。
以上の説明から明らかなとおり、原告の扶養家族(妻子)は、国民健康保険の被保険者である以上、右の規定によつて、世帯主である原告が、国民健康保険税の納税義務者とされているわけである。
ところで、右の規定が違憲でないことは、以下に説明するとおりである。
国民健康保険は、相扶共済の精神に則り、国民の疾病、負傷、出産又は死亡に関し、必要な給付をすることを目的とする(旧国民健康保険法第一条)ものであつて、その目的とするところは、国民の健康を保持増進し、その生活を安定せしめもつて公共の福祉に資せんとするものであることが明白であるから、その保険給付を受ける被保険者は、なるべく保険事故を生ずべき者の全部とすべきことはむしろ当然のことである。また、相扶共済の保険の性質上、保険事故により生ずる個人の経済的損害を加入者相互において分担すべきものであることも論をまたない。
ところで、国民健康保険は所得のある者だけが利益を受けるのではないこと、また、国民健康保険の被保険者の保険給付という受益の内容から見て結局は世帯全員の経済効果となつて現れるということを考慮すると、当時施行の地方税法第七〇三条の二第八項が、通常の場合重要な所得の帰属者である世帯主を納税義務者と規定したことは正当であつて、なんら憲法に反するところはないというべきである。
第三、結論
一、一部判決(昭和二七年度分に関する部分。)
以上のとおり、旧条例第五条第一項本文、第一号及び土浦市国民健康保険税条例第二条には、原告主張のような違法の点は存在しない。これと反対の立場に立つて、これらの条例は無効であるから本件課税も無効であるとする、原告の主張は失当というべきである。
昭和二七年度分の課税については、他に無効原因の主張がないから、当該年度分についての原告の請求(金二八三六円の返還請求。)は理由がない。よつて、民事訴訟法第一八三条により一部判決することとし、主文第一項のとおり判決する。
二、中間判決(昭和二八年度ないし同三一年度分に関して。)
なお右の主張は、原告の請求中昭和二八年度分ないし同三一年度分の課税の無効原因に関する独立した攻撃方法であるから、民事訴訟法第一八四条により中間判決することとし、主文第二項のとおり判決する。
(裁判官 横地正義 古沢清 吉本俊雄)